大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和31年(ネ)118号 判決 1958年6月10日

控訴人 片山柔剛

被控訴人 徳島県知事 外二名

国代理人 大坪憲三 外二名

参加人 谷ヒデ

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決中原告その余の請求を棄却するとの部分を取り消す被控訴人徳島県知事が昭和二四年一〇月二日控訴人に対して為した原判決添付目録(一)記載の土地を買収するとの処分は無効であることを確認する、被控訴人国は右土地につき昭和二四年一一月一六日徳島地方法務局日和佐出張所において同日同出張所受附第六五四号を以て為した自作農創設特別措置法第三条の規定に基く買収を原因とする所有権取得登記を抹消せよ、被控訴人国が昭和二四年一〇月二日被控訴人竹田百太に対して為した右土地を売り渡すとの処分の無効であることを確認する、被控訴人竹田百太は右土地につき昭和二四年一一月二〇日徳島地方法務局日和佐出張所において同日同出張所受附第六九二号を以て為した自作農創設特別措置法第一六条の規定に基く政府売渡を原因とする所有権取得登記を抹消せよ、被控訴人竹田百太は控訴人に対し原判決添付目録(二)記載の土地を返還せよ、訴訟費用は第一審第二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人徳島県知事及び同国指定代理人は各控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は

控訴代理人において、

第一、(一)(1) 原判決添付目録(一)記載の土地(以下単に本件土地と称する、この地上に柑橘園がある)に対する買収処分は行政処分を為した徳島県知事自らとしては同庁昭和三三年三月一二日附耕第八四六号による理由を以てはこれを取り消し得ないものと解すべきである。したがつて右取消行政行為は無効である。

すなわち行政行為はその成立に明白且つ重大な瑕疵がない限りは権限ある上級行政官庁又は裁判所において争訟の結果取り消されるほか、処分庁自らこれを取り消し得ないのを原則とするが、被控訴人徳島県知事が前記日時に取り消したとする理由は明白且つ重大な瑕疵には該らない。その根拠は次の通りである。すなわち、被控訴人徳島県知事は取消理由として本件買収物件は農地であり農地買収名義人片山柔剛の所有権取得は昭和二四年三月二二日である。その所有権取得の効力要件である農地調整法(法律第六七号)第四条の規定に基く県知事の許可を得ないで為した所有権の取得は無効であるから、本件土地は片山の前主谷兵吉の相続人たる谷ヒデ外二名の所有である。登記簿上の所有名義人片山柔剛として買収処分をしたことは所有名義人を誤つた重大な違法の瑕疵があるからこれを取り消すと云う。然れ共元来農地調整法第四条において農地の所有権移転に県知事の許可を受けしめるのは農業者を保護するため国が監督権を及ぼす趣旨であるところ、その後の自創法の発布により、より高次的の農業国策たる自作農創設に際し、その時現在における登記簿上の所有者であり、現実に右物件を支配占有せる控訴人片山柔剛を国自身が所有者と認めて、この者より自作農創設目的のためにその所有権を買収したとすれば、従前の瑕疵すなわち所有権移転の登記に県知事の許可を受けていなかつたという瑕疵はその後の国のより高次的の行政処分あるによつて治癒せられ、国自身はもはやその従前の瑕疵を援用して重大な瑕疵とは云えなくなつたものといわなければならない。(登記許可行為をしたものも国、自作農創設買収行為をしたものも同じく国である。)

殊に控訴人を所有者として買収したのは昭和二四年一〇月二日であるが、その時を経過すること十カ年に及びその間に本訴が昭和二八年七月二三日提起せられ、爾来第一審において同三〇年四月二七日の口頭弁論期日に被控訴人徳島県知事及び同国の代理人は裁判長の問に対し「本件土地が買収当時訴外谷ヒデの所有であつたから本件買収は無効であるとの主張はしない」と陳述しその瑕疵援用の権利を放棄し居り、又右被控訴人ら代理人の答弁書には本件土地が買収時控訴人の所有であつたことを自認しており、この自認に基いて原審判決事実摘示にもその旨確定し居り、このような被控訴人の為した行政行為及び訴訟行為の経過に鑑みるときは行政処分後十カ年を経過して、その処分により爾後形式的にはそれぞれ控訴人及び関係第三者を覊束して来たのに、今突如としてこれらの事を一変しようとして、買収時以前の瑕疵を事新しく持出すことは信義に反し、国民を愚弄するも甚しく、いやしくも正義衡平を基調とする国家の行為としては許されないものといわなければならない。

殊に本件土地は大部分山林であつて、山林は農地調整法によるも所有権移転に県知事の許可を要せず、適法に所有権は控訴人に移転したものであつて、本件土地のうち一部分に果樹園ありとするも控訴人に所有権移転のあつた当時は未完成であつて、該部分が完成したのは地元農地委員会の認定による買収直前の昭和二四年一一月一六日地目が山林より畑に変更せられた日時である。しからば被控訴人徳島県知事が農地調整法第四条違反云々を以つて本件買収処分を自ら取り消したとするも右取消処分そのものが無効である。

(2) 本件土地以外の物件につき谷兵吉相続人谷ヒデ外二名と控訴人との間に当庁昭和三〇年(ネ)第一一五号民事々件紛争あり、右物件につき控訴人が同庁において敗訴したとはいえ、右事件は確定することなく目下上告審に係属中であつて、控訴人は上告審において右物件についてもこれが控訴人の所有に属することを確信するものである。このように他の物件についてなされた他の未確定判決を以て直ちに本件の行政処分が所有者を誤つた重大な瑕疵あるものということを得ないのは常識上も法理上もまことに明白である。

(二)仮りに被控訴人ら主張の右買収処分並びに売渡処分の取消が有効であるならば、その結果のみを援用し、理由は否認する。

第二、(一)本件土地は買収処分当時控訴人の所有に属していたものであつて、これを控訴人が自作経営していた。すなわち控訴人は昭和七年七月一日参加人谷ヒデの亡夫谷兵吉に金二万円を貸与しその債権確保のため本件土地外数筆の不動産を売渡担保としてその弁済期限である昭和二〇年一一月末日に弁済なく徒過するときは所有権は代物弁済として内外関係共に控訴人に帰属する契約をしておつたが、右谷兵吉は右債務を支払うことなくして期限を徒過し、その後同二四年二月一七日死亡するに至つたのである。その間谷兵吉死亡前に同人は事業のために借り入れた銀行債務を負担し、又控訴人に対しても前記債務を負担して代物弁済契約を結んでいたのであるが、同人はこれを詐害するために控訴人に秘して同二三年一二月一五日本件土地外数筆をその長男谷精一名義に変更した。そして控訴人は谷兵吉死亡後右事実を知つたので谷ヒデらに対してその不都合を難詰したところ、谷ヒデはその非を反省し、昭和二四年三月二二日控訴人に対する義務履行として代物弁済により本件土地外数筆の不動産の所有権移転登記をし、右債務は消滅したものである。よつて本件土地に付控訴人に対して所有権移転登記をしてから以後は、谷ヒデ及びその一族は何れも控訴人の完全所有権を認め、控訴人の経営自作することを認め、当時谷ヒデらの番頭徳永武の如きもこの事を認め、本件土地に関し控訴人の代理事務を処理した場合その収支計算を数年に亘つて一々明細に控訴人に報告して来たものであつて、谷ヒデには何ら報告しなかつたものである。又同人が谷ヒデ家の番頭として谷兵吉死亡当時の財産相続届を所轄犁岐税務署へ提出した当時の申告書には控訴人が貸付けた前記二万円の債務は谷兵吉の葬式費用その他の債務と共にその存在を届出済である。

これらの事実によつても控訴人の代物弁済による所有権取得は絶対真正なことが判明している。谷ヒデはただその当時阿波商業銀行に対する債務のあつたことのみを利用強調し、これを詐害するために本件土地を仮装的に控訴人に譲渡したもののように言い、不当に本件土地を控訴人より奪取しようと狂奔するも、その不正は順次曝露されつつある有様で、現に別件で本件土地以外の不動産にして代物弁済により同じく控訴人の所有に帰した不動産の奪取を企てた訴訟において、第一審では仮装譲渡を原因としてその取戻を求めたが、第二審では金二万円の債務の代物弁済契約の事実を認め、信託による返還契約があつたかのように主張するに至つているのである。谷ヒデらが自己自身誠実を欠き銀行のみならず、控訴人らの債務免脱を図つている事は前記谷精一に対する仮装譲渡の登記によつても判明すると共に、本件において本件土地に予告登記あるに拘らず、そのうち大部分のものにつき被控訴人竹田百太より谷ヒデに対して登記名義変更手続をとつていることなどによつても明らかである。

(二)本件土地は自作地であつて小作地ではないから、自作農創設特別措置法(以下単に自創法と称する)第三条の買収対象とはならない。

(1)控訴人が自作している事実関係。

本件土地の買収時期である昭和二四年四月二日当時所有者である控訴人は従前の住所地阿波郡久勝町に住所を持つてはいたが、他方本件土地所在地である日和佐町一五一番地に事実上居住し、本件果樹園に通い、後に本件土地内の小屋に起臥するようになり、たえず耕作を指揮しその耕作上の労務者として被控訴人竹田百太を月給一カ月四千三百円で雇傭し、共に稼働し、肥料購入費、設備維持費などは総て控訴人において支出し、果実収益時には控訴人自身において売却収益し、その収益所得税は控訴人が所轄犁岐税務署へ申告し、その申告においても控訴人が本件柑橘園自作経営上必要経費を支出していることを明示しているものである。

(2)本件柑橘園の性質上小作地であり得ない事実関係。

本件のような柑橘園造成には山林開墾及び段々畑築成に数年を要し、相当多額の経費労力を要し、相当な資本を投じなければならず、又苗木植栽後数年は施肥、手入をするのみで、無収入にたえなければならない。このような苦難と投資を積んだ柑橘園を漸く成園となり収益を見るようになつて小作にだすということは経済的、社会的に絶対にない。しからば本件土地(柑橘園)は自創法第三条の買収対象地となり得ないものを買収したもので絶対無効である。

(三)本件土地の柑橘園部分の素地のみの買収は自創法第一条の目的並びに精神に反し絶対無効である。

すなわち同法条は耕作者の地位安定、土地の農業上の利用増進、農業生産力の発展を唯一の目的としている。

しかるに本件土地買収においては素地のみ買収して同地上の永年作物である柑橘樹約二千本全部を買収せず、地上柑橘樹の所有権と素地所有権とは各別の者に帰属して永久に反目相争わしめるような事態を招来し、農業経営たる柑橘園経営は全く破壊されたものであつて、自創法第一条の耕作者の地位の安定も土地の農業上の利用増進も農業生産力の発展も全々不能に帰し、反対に従前控訴人において平穏に柑橘園を自作自営し農業生産に貢献していたものをその方途を閉し、このまま経過するとすればこの柑橘園は紛争と荒廃を招き無価値に帰するほかないものである。

このような行政処分は右法条の目的に背反し絶対に許すべからざるものである。

自創法の他の規定に素地買収の後に地上樹木を買収しあるいは伐採せしめるような規定があるけれども、これは素地のみで一年生作物の経営ができる土地で土地買収のみで農業経営の目的を達していることを前提としているものであつて、なお一層その目的をよりよく達せんがために地上立木(本来の農業目的物以外の立木)又はその土地の附帯物の買収を認めたものにほかならずして、本件のような地上柑橘樹の栽培収益が唯一の目的で農業経営をし、素地はむしろその方法手段として利用する場合とは全々趣を異にしている。したがつて本件の場合に右の他の規定が存するが故に素地と柑橘樹とは別々に買収しても適法であつて、素地買収行為を分離しても有効であるとすることはできない。本件においては日和佐町農地委員会は単に控訴人が他町村住民であるとの理由のみを以て買収案を樹立し、その買収案においては単に素地だけ買収すればその地上の農業経営の唯一の目的物たる数十万円の価格を有する柑橘樹は当然国家の所有に帰属して来るとの不法な意思の下に買収案を樹立して、国家をして誤つた買収を為さしめたものであつて、そのために柑橘園経営は破壊され、買収後数年を経た今日まで何人がこの永年努力の柑橘園経営者であるか分明せず、経営は安定せず、控訴人らは不安焦燥の毎日を送つているもので、このような事態を招来した行政処分は公益を害し、社会秩序を破つた行政処分で、公益上の理由からも無効とすべきである。(昭和二八年(オ)第三七五号昭和三一、三、二最高裁判所第二小法廷判決参照)と補陳し

被控訴人徳島県知事及び同国代理人において、

第一、本件係争の控訴人に対する農地買収処分並びに被控訴人竹田百太に対する農地売渡処分は乙第八号証の一、二に記載の理由によつて昭和三三年三月一二日付をもつて取り消され、そのころ右取消処分通知書はそれぞれ控訴人及び右被控訴人に交付せられたものである。

第二、(一)本件農地買収処分の相手方について、

(1)本件果樹園買収処分は、昭和二四年一〇月二日を買収の期日として実施せられたものにして、その相手方は控訴人であり、その控訴人は本件買収処分当時本件農地の所有者と一応認定せられていたのであり、控訴人を相手方とする本件農地買収処分に対しては、控訴人は勿論その他の利害関係人の何人よりも、本件農地の所有権帰属の認定の当否を理由とする不服はなく、本件農地の買収、売渡の処分は当時確定したものである。したがつて本件の訴が提起せられて後も買収当時控訴人に所有権が存したものとして、被控訴人側も応訴をしてきた次第である。

(2)ところで本件訴訟の経過に徴すると、本件農地の所有関係については、次のような複雑な事情が存するようである。

即ち、昭和二十四年二月十七日、本件土地の旧所有者谷兵吉の死亡した当時、同人は阿波商業銀行に対し約百二十万円の負債があつたところより、同人の死後、控訴人(右兵吉妻ヒデの実兄)等谷家の親族が相より協議の末、右負債の強制執行を免れる財産隠匿の手段として強制執行を受けるおそれのなくなる迄、一時、仮に登記簿上の所有名義を、控訴人に移転したものとも認められる(第一審判決参照)事情が存する。

これに対し

「昭和十七年七月一日谷ヒデの夫兵吉に対し、金二万円を貸与し、その債権確保のため本件土地外数筆の不動産を売渡担保として、その弁済期限である昭和二十年十一月末日に弁済なく徒過するときは所有権は代物弁済として内外関係共に控訴人に帰属する契約をして居つたが、右谷兵吉は、右債務を控訴人の支払請求の督促あるに拘らず、之が支払なくして期限を徒過し、その後昭和二十四年二月十七日死亡するに至つたものである。その間谷兵吉死亡前に同人が事業のため銀行から借入債務あり、又控訴人に前記債務と代物弁済契約あるに之れを詐害せんがために控訴人に秘密の間に昭和二十三年十二月十五日控訴人に対する代物弁済契約の目的物である本件土地外数筆を谷兵吉長男精一名義に変更せる事を控訴人は谷兵吉死亡後知り、その不都合を谷ヒデ等に難詰したるところ谷ヒデはその非を反省し、控訴人に対する義務履行として本件土地外数筆を代物弁済契約義務履行として所有権移転登記し、債権債務は消滅したるものである。」

と主張しているけれども所謂「義務履行」の時にはすでに谷兵吉は死亡しており、且つその際登記された谷方の不動産は、九筆、その内訳は、宅地三百六十七坪強、山林等実測三町三反、果樹園(本件物件)一町九反九畝二十五歩、建物二棟、建坪百二十七坪強で重要な不動産の殆んど全部といつても過言でなく、これらの合計価額は右貸金の幾倍かに相当するのである。これをすべて代物弁済に充当したといつても、当時苦境にあつた谷家のため最も親しい親族の一人として指導助言をしていたと思われる控訴人の自己のためのみの権利保全の措置としては首肯できなく、右控訴人の主張は、にわかに信じ難いものがある。

(3)そこで右のような仮装譲渡の事実が認められる限りにおいては、控訴人を所有者と認めた本件買収処分は相手方を誤まつたものとして違法のものとならざるを得ないのであるが、その瑕疵は重大なりとしても、明白ではなく取消理由にはなつても、当然無効のものではない。

なお、本件土地を含む谷家の前記財産が銀行負債百二十万円の強制執行を免れるため当事者間の合意により、強制執行を受けるおそれのなくなる迄、一時控訴人に対し信託的に譲渡されたものとすれば、本件係争土地は農地であり、昭和二十四年当時においては、譲渡については県知事の許可を効力要件としたものであるに拘らず、その手続を経てないので、当然無効にして控訴人は所有権者とは認められない。

それで前記同様本件買収処分は違法となる筋合であるが、その瑕疵たるや前記同様取消理由にとどまるものと思料する次第である。

(4)次に、かりに控訴人主張のごとく代物弁済契約により昭和二十年十一月末頃本件土地所有権を取得したものとすれば、控訴人は一応有効的に所有権を得たものとも思料されるが、しかしその行為については当時すでに実施されていた臨時農地等管理令に基き知事の認可を要する(本件土地の主要部分が果樹園であり、十余年間耕作され来つた農地であることは当時明瞭であつた)に拘らず右認可を受けてなく、またその当時土地の引渡も受けず、所有権移転登記も経てないのであるから、右代物弁済契約の履行は諸般の事情を考慮し登記を了した昭和二十四年三月頃と解するのを相当とするので、当時施行の農地調整法により知事の許可を必要としたものとも思料せられる。

(二)本件買収処分の効力は当然に地上の果樹に及んでいるものと解する。

(1)自作農創設特別措置法(以下単に自創法と称する)による農地買収手続は同法及び附属法令に基いて行われるのは勿論であるが、同法令に規定のない事項については、その目的に反しない限り民法その他一般私法が準用さるべきである。しかして果樹がその基盤の土地の処分と運命を共にするかどうかは自創法に別段の定めがないので民法に従うべきである。

民法によると、地上の樹木は原則として土地の定着物であつて土地と一体を為し、その上に一箇の権利が成立するものとされる。ただ特別の場合、たとえば立木法の立木、明認方法を講じた樹木などにつき別異の取扱いが為されているが、そのような特別の関係にない樹木は生立する土地を離れては存立し得ず特約、慣習、法令の制限のない限り土地所有権と運命を共にするものといわねばならない。

本件果樹は、その土地と何等右特別関係に立つものでなかつた(後述のとおり、果樹の本質はむしろ土地と一体を為すのが普通である)から、農地として(土地と一体を為すものとして)買収したのであり、その買収の効力は当然に果樹に及んでいるものと解する。

(2)元来果樹は、稲、麦、桑、茶等と同様これを植栽することが耕作と見られる作物であるが、そめ目的は耕作(肥培管理)によつて果実を採取することにあり、果樹の育成は手段に過ぎない。

従つて、土地と分離して独立に取引の対象とすることはなく、土地と一体を為すものとして取扱われるのが普道である。故に法律上も土地と分離して取扱わねばならぬ理由はないから右解釈も不当でないと思料する。

(3)本件買収処分当時の自創法及び附属法令の規定をみると地上の樹木は「独立した買収対象物としての立木」と「地上有価物としての竹木」とに分けられていて、後者については、土地の価格と竹木の価格との合算額をもつて当該地の買収対価とする旨の定めもある。これは竹木が当然に土地の処分と運命を共にするとの前提に立つものである。

しかして本件果樹は、独立の買収対象物としての立木ではあり得ず、右竹木に該当するものといわねばならない。故に特別の事情のない限り自創法第十五条の附帯買収の対象とはならないのである。もしそうでなければ果樹園たる農地の買収は意義が失われる。

(三)本件買収対価算出上の誤りは買収処分の無効理由とはならない。

(1)ところで、果樹園としての農地買収につき、果樹の価格を別途評価合算しなかつた場合(本件がこれに該当する)買収処分がどのような影響を受けるかについて控訴人は「全部無効」を主張しているが、それは当らない。

(2)買収農地上の果樹につき、価額を別途評価合算すべき旨の直接規定はないが、自創法の全趣旨からこれを肯定するとしても、その評価合算を遺脱した場合は、買収対価が低廉であり不当であるに止まり、その瑕疵が買収処分全部の無効を来すものではない。このことは前項の理由と相相俟つて明らかであると思う。

即ち本件買収において、評価合算されなかつた果樹も、土地と一体を為すものとして全体的には対価支払の為された土地に包含されるものであるから、これは全然対価の支払われない買収処分と同視すべきではなく、結局買収対価の高低多少の問題に帰するものである。(それに対する不服は自創法第十四条対価増額の訴で救済を求むべきである)

従つて低廉であることの不当が買収処分に影響を及ぼすとしても、それは買収処分取消の理由に過ぎず無効の理由とはならない。のみならず、右対価上の瑕疵と、買収処分取消との関連比重は具体的に定めらるべきであつて、一率的抽象的には決まるべきものではない。控訴人主張のごとく「全部当然無効」とはいえないのである。

(3)果樹園たる農地の価格を形成するものは「肥培管理及び果樹」であつて、果樹のみではない。ところがこの肥培管理の結果を徴表し、又その目安となるものとして、果樹が必要以上高価に見積られる。これは、控訴人もいうように「果樹栽培は数年間無収入」であつて、その間の肥培管理に堪え得ないところより、たやすく一般的には経営されない実情にあり、そのため成園の価額を高めている事情に徴しても窺知されるのであるがそのようにして見積られる果樹の評価なるものは客観的に妥当のものとはいえない。従つて本件果樹についても、控訴人主張のごとく十数万円乃至数十万円というような価格はあり得ず、評価合算すべき額は、遥かに低額であつたものと考える。

(4)なお、本件果樹については次のような事情も推認される。

(イ)控訴人は本件果樹育成に何等加巧して居らず、ただ土地所有名義人になつたに過ぎない者で、耕作したこともない。(乙第六号証参照)

(ロ)前記のごとく、金二万円の代物弁済として控訴人においてその主張日時(昭和二十年十一月末)に本件土地とも九筆の不動産を取得したものとすると、右金額を各不動産価格に按分すれば、本件果樹園に対する代価の割合は素地代にも足りない。のみならず、爾後も引続き従前のとおり旧所有者等が支配、耕作し、その形態に何等変化がなく、又これらについて格別の取決めのなかつたことを併せ考察すると、右果樹は特に旧所有者等(それは果樹を植栽した者でもある)に留保されたもめとみるのが至当のように思われるのである。

(四)本件の特殊事情について

控訴人は「素地買収処分を存続し、果樹の所有者を分離する結果は永久に相反目して果樹園の荒廃を招致する。

かくては自創法の目的は達せられぬから本件買収は公益上有害で無効である。」と主張するが正に本件の果樹の所有権をめぐつて、控訴人及び参加人谷ヒデ間においては、別に仮処分事件が存し、現に紛争を継続している。これは「果樹については、農地とは別個に農地に附帯する立木として、自創法第十五条に基く附帯買収処分を要するものとした」結果の然らしめるところである。特に裁判所の御明断を仰ぎたき次第である。と補陳し

たほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

<立証 省略>

理由

被控訴人徳島県知事が原判決添付目録(一)記載の土地につき控訴人の所有として旧自創法に基き所定の手続を経て同法第三条第一項第一号該当の農地として昭和二四年一〇月二日を買収期日とする買収令書を発行交付して買収処分を完了したこと、被控訴人国が右土地を右買収当日を売渡期日として被控訴人竹田百太に対する売渡処分を了したこと、右買収及び売渡処分を原因として、それぞれ控訴人主張の原判決主文第一項、第三項掲記の各登記を完了したことは当事者間に争がない。そうして成立に争のない乙第八号証の一、二の各記載並に弁論の全趣旨によると被控訴人徳島県知事は昭和三三年三月一二日付をもつて本件土地につき控訴人の所有として旧自創法第三条の規定により同二四年一〇月二日付でなされた買収処分を取り消し、そのころ右取消処分通知書が控訴人に交付せられたこと、右買収処分取消理由は、本件買収物件は農地であり、農地買収名義人片山柔剛の所有権取得は、昭和二四年三月二二日である。その所有権取得の効力要件である農地調整法(法律第六七号)第四条の規定に基く県知事の許可を得ないでなした所有権の取得は無効である。真実の所有権者は谷兵吉の相続人たる谷ヒデ外二名である。登記簿上の所有名義人片山柔剛を所有者として買収処分をなしたことは、所有者を誤つた重大な違法の瑕疵があり、その買収処分は無効であるというにあること、及び同被控訴人は同日付をもつて本件土地につき旧自創法第一六条の規定により同二四年一〇月二日付で被控訴人竹田百太に対してなされた売渡処分を取り消し、そのころ右取消処分通知書が同被控訴人に交付せられたこと、右売渡処分の取消理由は、本件売渡処分の前提要件である農地買収処分について、前記のように所有権者を誤つた重大な違法があり、その買収は無効あるでため、右買収処分の取消処分をなしたものであり、農地買収処分の無効な場合にその買収物件を対象としてなされた売渡処分も無効であるのでこれが取消処分をする。というにあることが認められる。

控訴代理人は右買収処分及び売渡処分の取消行政行為はいずれも無効である旨主張するので検討する。行政処分に瑕疵があるときは、その取消により生ずる既存の法秩序の破壊が取消を認める公益上の必要より重要視される特別の場合を除き、一般に公益上め見地から処分庁自らこれを取り消しうるものと解せられている。本件についてこれを見るに成立に争のない乙第五、七号証、第八号証の一、二の各記載と原審における控訴本人(第一回)の供述の一部、原審証人正木金治郎、同谷ヒデの各証言及び原審並びに当審における現場検証(原審は第一、二回)の各結果並びに弁論の全趣旨によると、本件土地は昭和二一年五月二八日以降訴外谷兵吉及び参加人谷ヒデの共有であり、同二四年二月一七日訴外谷兵吉の死亡に因り、その妻である参加人谷ヒデ外二名に相続に因りその所有権(共有持分権)が移転され、次いで同年三月二二日参加人谷ヒデ外二名の相続人から控訴人に対し右土地の所有権移転行為がなされたこと、もつとも本件土地は訴外谷兵吉の生存中に同訴外人の財産保全の目的で仮装的に同二三年一二月一五その長男谷精一の所有名義に移転せられていたので、右訴外人の死後同二四年三月二二日付売買に因り右訴外谷精一名義より控訴人名義に所有権移転登記がなされていること、そうしてその当時右土地は公簿上地目は山林と表示せられていたが、右土地のうち少くとも原判決添付図面中(イ)(ロ)(ハ)(ニ)を以て表示せられている部分を除くその余の部分は相当広地域に亘る現況畑であつて、既に柑橘園をなしていたこと、及び右売買に因る所有権移転につき当時施行の農地調整法(法律第六七号)第四条所定の知事の許可を受けていないことが認められ、これを動かすに足る証拠はない。してみると少くとも本件土地のうち右認定の現況畑(柑橘園)の部分に関する限り控訴人の所有権取得行為は無効である。してみると本件土地の買収処分のなされた昭和二四年一〇月二日当時において、右土地のうち少くとも右認定の現況畑(柑橘園)の部分の真実の所有権者は参加人谷ヒデ外二名の相続人であつたものというべきであり、そして原審証人正木金治郎、同谷ヒデの各証言及び原審における被控訴本人竹田百太の供述並びに弁論の全趣旨によると本件土地が右相続人らの所有に属するとせば、前記買収処分は行われなかつたであろうことが認められ、これを動かすに足る証拠はない。それ故に登記簿上の所有名義人片山柔剛として本件土地の買収処分をなしたことは所有者を誤つた重大な違法の瑕疵があるというべきである。

控訴人はその後国が登記簿上の所有者であり現実に右物件を占有支配している控訴人を所有者と認めて自創法第三条の規定に基き買収したことによつて右瑕疵は治癒せられ、国自身はもはやその従前の瑕疵を援用することはできなくなつた旨主張するけれども、国は買収手続を進めるに当つては特段の事情のない限り通常登記簿上の所有名義人を所有者と認めて手続を進めうるものであつて、本件においては特に従前の瑕疵すなわち所有権移転に県知事の許可を受けていなかつたという瑕疵の治癒されたと認めるに足る事情もないから、ただそれだけでは右瑕疵が治癒されたとはいえない。この点に関する控訴人の主張は採用せず。

次に控訴人は本件買収処分後既に十年を経過し、その間被控訴人徳島県知事及び同国代理人が第一審において前記瑕疵援用の権利を放棄し、且つ本件土地が控訴人の所有であることを自認し、その自認に基いて原審判決事実摘示にもその旨確定し居り、右買収処分は形式的には控訴人及び関係第三者を覊束して来たのに、今突如としてこれらの事を一変しようとして、買収時以前の瑕疵を事新しく持出すことは信義則に反し正義衡平の理念に反するものとして許されない旨主張するので検討するに、控訴人の全立証によるも前記被控訴人ら代理人が第一審において前記瑕疵援用の権利を放棄したと見られる事実関係は認められない。もつとも本件土地の買収処分は昭和二四年一〇月二日に為され、既に十年近くに及んでいること、及び前記被控訴人ら代理人の第一審における答弁書によれば同代理人は本件土地が控訴人の所有に属していたことを認めたこと、並びに原判決事実摘示にも右自白事実が摘示せられていることは明らかであるけれども、第一審における右自白は第二審において取り消され本件土地のうち少くとも前認定の現況畑(柑橘園)の部分については控訴人に対するその所有権移転は無効であること前認定の通りであり、又たとえ原判決事実摘示に右自白事実が摘示せられたとしても右判決は控訴人の控訴申立によつて未確定であるから、ただそれだけではもとより右判決が、控訴人及び関係第三者を覊束する効力を有しないことは明らかである。又右買収処分は形式的には確定しているけれども、これとても昭和二八年五月二七日控訴人自ら、右買収処分の無効確認等の訴を提起し、爾来実質的無効を争つているものである。これらの事情からすれば被控訴人らにおいて現在において右買収時以前の前記瑕疵を主張したとしても他に特段の事情も認められない本件においては信義則に反し正義衡平の理念に反するものとはいえない。よつてこの点に関する控訴人の主張は採用し難い。

なお控訴人は本件土地は大部分山林であつて、右山林部分については農地調整法によるも所有権移転に県知事の許可を要せず、適法に所有権は控訴人に移転したものであり、又その一部に果樹園があつたとしても控訴人に所有権移転のあつた当時は未だ未完成であつたから未だ同法の適用はない。それ故に被控訴人徳島県知事が農地調整法第四条の規定違反云々を以て本件買収処分を自ら取り消したとしても、右取消処分そのものが無効である旨主張するけれども、本件土地のうち少くとも前認定の現況畑の部分(相当広地域に亘るものである)が本件買収当時既に柑橘園に造成せられていたことは前記の通りであるから、少くとも右柑橘園の部分に関する限り控訴人の主張は採用し難い。

そうして他方前示乙第五号証の記載と前示現場検証の各結果(原審は第一、二回)並びに弁論の全趣旨によると、本件土地はその後国から被控訴人竹田百太に売り渡された上、更にそのうち大部分は同被控訴人から参加人谷ヒデ(前示谷兵吉の妻としてその相続人の一人である。)に売り渡されていることが認められるので、本件土地の買収処分並びに売渡処分が取り消されたとしても、谷ヒデとしては更めて前認定の自己の持分のほか谷兵吉の持分についてはその相続人の一人としてこれが共同相続に因る権利を取得しうるものである。

そこで以上の事実関係より判断すれば本件土地に関する買収並びに売渡処分がなされてから既に十年近くに及んでいるとはいえ、右認定のような事情がある場合には右行政処分の取消により関係人の蒙る不利益が特に重大であつて、取消を認める公益上の必要より重要視される特別の場合には該らないものと認めるのが相当であつて、処分庁である被控訴人徳島県知事は公益上の見地から本件買収処分を取り消しうるものというべきである。

叙上説示により被控訴人徳島県知事のなした本件土地買収処分の取消処分はその余の点の判断をまつまでもなく、少くとも前認定の現況畑(柑橘園)の部分については有効と解すべきである。したがつてまた右買収処分の有効に存続することを前提としてなされた右土地の売渡処分は右土地のうち少くとも右同様の部分については、右買収処分の取消によつて重大な違法の瑕疵を具有するに至つたものというべきであるから、前同様の理由によつてこれが取消処分もまた右同様の部分(柑橘園)に関する限り有効と解すべきである。

次に被控訴人竹田百太は当審においては合式の呼出を受けながら本件各口頭弁論期日に出頭せず且つ答弁書その他の準備書面を提出しないけれども、本件訴訟(但し被控訴人竹田百太に対する土地返還請求を除く)はいわゆる類似必要的共同訴訟であると解すべきで、被控訴人徳島県知事及び同国のした訴訟行為は共同訴訟人である同竹田百太にも利益にのみその効力を生じたものであるから、被控訴人徳島県知事及び同国代理人が第二審において控訴棄却の判決を求めその答弁として陳述した前掲事実摘示第一に記載の主張は同竹田百太のためにもその効力を生じたものと認められる。それ故に控訴人と被控訴人徳島県知事及び同国との関係においてした前記説示は同竹田百太に対する関係においてもそのまま当てはまることであるからこれを引用する。

それ故に控訴人の本訴請求のうち本件土地の買収処分及び売渡処分の無効確認を求める部分は右土地のうち前認定の現況畑(柑橘園)の部分については無効確認を求める法律上の利益がないから何れもこれを不適法として却下すべきものとし、又右買収処分及び売渡処分の無効を前提として控訴人の右買収処分及び売渡処分を原因とする各登記の抹消を求める部分は本件土地のうち少くとも前同様現況畑(柑橘園)の部分に関する限りはその前提にして不適法として認められないから、既にこの点において到底失当として排斥を免れない。控訴人は仮りに本件買収処分及び売渡処分の右取消処分が有効であるならばその結果のみを援用する旨主張するけれども、これがため右認定の妨とはならない。

叙上認定の範囲において結局右と同趣旨の結論に出で控訴人の本訴各請求を排斥した原判決は正当にして本件控訴は理由がないから棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九五条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例